城と鉄 木次線 宍道から南宍道

皆様方、武録御笑覧下さり、段々辱なうござりまする。塩見小鉄にござりまする。
 
本日は、おつきあいいただき、誠にありがとうございます。
まもなく列車出発いたしますが、もう、このプラットホームからでも、見える、あちら、進行方向に向いて左側の山が宍道要害山城でございます。
あ、動き出しました。踏切の、すぐそこ、そこから登ことができます。恐らくは宍道氏が、水運の要として利用していたのではないか、と。あ、宍道氏というのは、南宍道駅傍の金山要害城を本城とした一族にございます。
 その要害城のすそ野に沿って左へ曲がると、今度は右手、あの山が掛屋山城、北側に山陰道が走っておりまして、それを見下ろす位置に建てられたものと考えられます。
そして、ちょっと見えにくいですが、その掛屋山城と道路挟んで南側、そちらが、海部城、そして、工場越しで分かりにくいのですが、あの山にあったのが、舞屋城、そして、ちょっと奥に引っ込んだ頂にあるのが城山城、現在のインターチェンジになっているのが、上野城、こちらは、ここからは見えないのですが、というように、川の西岸にかけて、ほぼ、頂毎に城が築かれている感じです。そして、そのさらに、前方に見えてきた、ひときわ高いいただきにあるのが、佐々布要害山城、あれこそ、忠臣蔵、塩冶判官に所縁の深い城、ちなみに、塩冶氏の本拠は、現在の出雲市、駅南のかなりの土地が塩冶の名前がつく長命ですので、このあたり一帯を掌握していた一族と思われます。
そして、左に曲がりつつ前方に見えるのが、大森城、そして、曲がり終わってこの左側、近すぎて、ただの山ですが、これが金山要害城。この山の上に城跡がございます。
そして、南宍道駅に入る直前のこちらの踏切、ほら、今、一瞬看板が見えたかと思いますが、ここから金山城に上ることができます。
 あ、そうですか、こちらで、では、行ってらっしゃいませ。次の区間南宍道から加茂中までも、また別の機会に、どうぞご利用くださいませ。
 
 
 
極御人(きわめみと)とは、
ただの案内人ではない、城塞るろうに、として各地の城を踏破し、
その道を極めたきわめみとが、
地元雲州の城の魅力、秘話、こぼれ話を語り尽くします。
(たまに、極道者との見解も)
 

 

 

毎月04日、14日、24日(4の日=しのび)に

「隠密追跡、裏道紀行」も実施中。

また、お子様向けには、「忍び塾」も。

 
 
 
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