人、見ずとも、花、咲き誇る。
花、見ずとも、人は…。

Even if a person does not look, the flower blooms.
Even if a flower does not look; a person … .
 
사람이 보지 않아도, 꽃은 핍니다.
꽃이 보지 않아도, 사람은 … .
 
尽管人不看但是花开花。
尽管花不看但是人 … 。
 
花.....日本語↓
Sakura.....English↓
벚나무.....한국어↓
櫻花.....中文↓
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最後にしてサイキョーのサムライ

(出陣暦(カレンダー)はタイトルの「萬侍事…」を軽く一押し)
 
 皆様、武録、お読み頂き、だんだん辱なうござりまする。
 
秋は毎日がサムライおもてなし塾。そのコンセプトは、
 
拙者たちがタイムスリップしたのではない。
見ている各々方が、日本国が生まれる前にタイムスリップしただけ
 
たいまむしんにのれなくても、人は過去へも未来へも行ける。
 
* 葱注:この記事は、今はこの世にない塩見殿がお書きになった記事を、再編・再録したものです。
 
 光陰如箭、塩見にござりまする。
 
 拙者たちは「四百年の時を越え」、この平成の世にやってまいったのだが、そのことを正直に自己紹介すると「じゃあ、四百歳?」と、特に姫様・若様から、聞かれて往生することもござりまする。
「いや、四百年前から来たのじゃから、四百年間生きていたわけではござらぬ。」
「ふーん、どうやって来たの?」
 これまた答えにくい質問でござりまする。
「タイ『マム』シン、とかいうのに乗ってきたのじゃ」
「タイムマシーン、どこにあるの?」
 このあたりで、かなり苦しくなってまいり
「あの白い建物(興雲館)の中じゃ。」
「中のどこ?」
「二階に衝立があるだろう。その向こう側に隠してある。」
「えー、ほんと?じゃあ、見に行って来る。」
 このあたりで「もう、いい加減にしなさい、お侍さんも困っておられるでしょうが」という、こちらの心情をおもんぱかったご両親の裁定が入り、「なんとかボロを出さずにすんだ」と、一安心いたしまする(「いや、すでにボロボロだ」という声もありそうでござりまするが...)。
 
 多少前のことになりまするが、「小さい中性子」という意味を持つ「ニュートリノ」なる物質が、光よりも速いという実験結果が出たそうにござりまする。拙者、浅学無知のためよく分からぬのでござりまするが、これが本当だとすると、そのタイムマシンが実現するのだそうでござりまする。そしてそれが実現すれば、この平成の世から過去や未来へ自由に行けるのだそうでござりまする。
 
 いつでも自由に行ける、とは言っても、拙者はやはり四百年前に戻りとうござりまする。この平成の世、便利であるし、面白いことも多うござりまするが、やはり人は生まれたその時・その場所に生きるものではないかと拙者は思うのでござりまする。そしてそれが分相応の生き方ではないかと思うのでござりまする。
 ただ、今は、この今はそうは思いません。平成の世で大事なお勤めがあることも勿論ですが、過去に戻りたいという方に、その席を譲って差し上げたいと思うからです。切実に、過去に戻りたいという方々のために。それも何百年という過去ではなく、ほんのつい最近の過去、手を伸ばせば届きそうな、「過去」というにはあまりにも今に近いそんな日に、戻って、失われる必要のなかったものを今へ運びたいと思う方が、きっと、たくさんいるはずだと思うからです。
 
  塩見そう"ゑ"もん
 
辻立説法形式もあり、御ル志ス形式もあり、築城せよもあり、もうなんでもあり。
 
三代目サムライ・ジンケからZサムライに進化した姿をとくとご堪能あれ。
 
 
Zサムライ、最後にしてサイキョーのサムライ。
 
「社中語録」より
 
侍からZサムライ、果たして進化というものやら…
 
 最後に城内には「オツムの至らぬ者」がおりましたが、実害はございませぬゆえ、お棄ておき下され。
「愚かな者を見るな。その言葉を聞くな。また彼とともに住むな。」---大法螺、より
オツムの至らぬ者をご覧になった方の運勢は、
 
「馬鹿も休み休み言え」
 
でございまする。
 
ご覧の風景は
 
 
提       供
 
 
 「楽しい!」製造業
 
 雲洲粋縁
 
 
We are SAMURAi Company
 
亀田山社中
 
 
でお届けしました。

参考 かよせつあやめ

 


古川博(72)「まぼろし出雲国庁」新人物往来社


p240「彼女の話は『島根県文化人名鑑』の中にまで記録されている。


  玄丹かよ(天保一三-大正七)は本名を錦織加代といい松江市雑賀町洞光寺下で生まれた。父、半兵衛は松江藩士であったが、盲となって浪人し名を玄丹と改めて針医になった。慶応四年、山陰鎮撫使西園寺公が西下したときには、かよは二十七歳の女盛りで酌婦をしていた。鎮撫使は出雲藩に対して四カ条の難題を示し、この催促のために川路副総督を松江に下した。一行の行動は威圧から乱暴となって市内の混乱は目もあてられぬありさま。藩は酒と女で慰撫につとめた。勝気なかよは自ら進んで川路に接して懐柔にあたったが、彼女は薩摩武士が刃先にさしたカマボコを平然と口で受けて、彼らのキモを冷やしたという。まもなく大橋家老の引責切腹と決まって川路の一行は米子へ引きあげることになったが、家老の恩顧をうけたかよはその助命に一身を捨てようと覚悟して米子へ同行した。そして首尾よく米子三の丸本陣にはいり込み、ついに西園寺に面談、赦免状を得た。彼女自ら馬にむち打って安来の割腹所へかけつけたのは家老切腹の寸前のことだったという。


 はたして事実がこの通りだったかどうかはともかくとして、こうしたエピソードが生まれ、伝えられることの中には、まぎれもなく出雲の人々の心が読みとれるのではないだろうか。」

夜逃げ大名

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山名豊国。
本当に、だめだめな殿なのか。
こういうことではなかったのか?
 
葱注:
 このお話は歴史上の話を参考にした、あくまでフィクションであり、一部歴史的事実と違う内容や、歴史的にはっきりしていない内容が含まれます。
 
そして、そこからの隠居論。
 
人は生きていたように死んでいく。    島崎今日子
 
 
 
ご覧の風景は
 
 
提       供
 
 
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八月月例報告書

(出陣暦(カレンダー)はタイトルの「萬侍事…」を軽く一押し)
 
 皆様、武録、お読み頂き、段々辱なうござりまする。全日築城に出陣に、の八月の月例報告書にござりまする。
こうやって、がんばらせていただけることに、段々辱なうござりまする。
 
 惣出陣日数: 31日/31日(うち御登城・築城のみ03日)
 うち
 エコ連れ狼: 02日/31日    
御同行寄騎: 02組/31日  
 
 コーヒー占い:  47人
 
水辺のおもてなし(はくちょう号): 16艘/11日/31日
ミズカゼバスを水辺のおもてなし: 00台/00日/31日
ミズカゼを水辺のおもてなし: 00本/00日/31日
あめつちを水辺のおもてなし: 00本/00日/31日
サンライズを水辺のおもてなし: 01本/01日/31日
やくもを水辺のおもてなし: 00本/00日/31日
SLexを水辺のおもてなし: 00本/00日/31日
ラップトレを水辺のおもてなし: 01本/01日/31日
 
ねっこ(バス・トレ): 02本/02日/31日
 
鉄路(JR)検非違使: 29本/31日
鉄路(ばた電)検非違使: 06本/31日
 
 パフォーマンス
 イレギュラー語ル志ス: 03回
 
御登城十旗
西条本陣
お茶屋とは、通常豪農等が指名される本陣を、藩自らが作り運営するもの。
 
有崎城
 メディア露出
 
 出店
10日:三次(占い)
31日:呉鎮守府(占い)
 
 
 尼子圏域外への加勢出陣(廣域機動遊撃隊) 
 
 
 新企画
 
「休み茶屋」、お出しするのは地酒・地肴・地侍
或いは入場料で、お茶と茶口
お茶屋とは、通常豪農等が指名される本陣を、藩自らが作り運営するもの。
築城せよ、城代
烏賊げそとたこで「十八番焼」
南雲→雲南(うんな)六郎
氷室之城
磨ヶ狗(黒文字)城、城代
大工懸命
 
 
 
 
ご覧の風景は
 
 
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亀田山社中
 
 
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本日のさむらい・うらないジンケ版の予告編

(出陣暦(予定表)は、タイトル下の「萬侍事…」を軽く一押し)
 
 皆様、武録、お読み頂き、だんだん辱なうござりまする。
 
 本日のさむらい・うらないでござりまするが、以下の面子が登場の予報がでておりまする。
(予報は、亀田山社中予報班の予報に基づきます。外れる場合があります。その場合、こちらでご確認を)
 
「予告編」ってどういうこと?…こういうこと
 
 
 
 まずは諸色物見役をご覧になった方の運勢は、
 
「刀槍合わす前に、勝ちを決めよ」
 
に。
 
 
 
 そして普請方高城権兵衛をご覧になった方の運勢は、
 
「難攻不落の城は人で成る」
でござりまする。 
 
 
 さらに力士水夫を、ご覧になった方の運勢は、
 
「力いっぱい漕ぎ出せ」
 
でございまする。
 
 
 さらに鉄路検非違使を、ご覧になった方の運勢は、
 
 
でございまする。
 
 さらに食事姿を、ご覧になった方の運勢は、
 
「腹が減っては戦はできぬ」
 
でもございまする。

 
 さらに茶飲み姿を、ご覧になった方の運勢は、
 
「慌てない、慌てない。一休み、一休み」
 
でもございまする。
 
わさふ部とも連動する御用商人「滝川石益」をご覧になった方の運勢は、
 
「商売繁盛」
でござりまする。
 
また、滝川石益は各地を周り情報を集める草の者でもあるため、ご覧になった方の運勢は
 
「知ることこそ勝ちに繋がる」
でもござりまする。
 
 
 さあ、町のどこかに「さむらい・うらない」。幸運は思わぬところに、転がっているものにござりまする。
どうぞ、幸運を探してみて下され。本日は主に城内見廻にござりまする。
 
 
 
 
 
 
 そしてこの御仁も。 
  
 
 
 
 さらに新撰組しまねもんも登場。ぜひこちらも。 
 
 
 最後に城内には「オツムの至らぬ者」がおりましたが、実害はございませぬゆえ、お棄ておき下され。
「愚かな者を見るな。その言葉を聞くな。また彼とともに住むな。」---大法螺、より
オツムの至らぬ者をご覧になった方の運勢は、
 
「馬鹿も休み休み言え」
 
でございまする。
 
 明日もお楽しみに。
 
 
 
 
ご覧の風景は
 
 
提       供
 
 
 「楽しい!」製造業
 
 雲州粋縁
 
 
We are SAMRAi Company
 
亀田山社中
 
 
でお届けしました。
 
 

案内寄騎部「跡」

(出陣暦(カレンダー)はタイトルの「萬侍事…」を軽く一押し)
 
 皆様、武録、お読み頂き、だんだん辱なうござりまする。
 
「建物が残る城がよい」と人びとはいうが、多くを失って、思いをめぐらせることができる城も悪くない。
 
千田嘉博「城郭は語る12安土城
 
つまりは玄人好みの城。例えば出雲国佐世城。次期本拠地そばにて。
佐世 清宗(させ きよむね)は、戦国時代の武将。尼子氏、毛利氏の家臣。
 
 
 
この季節は御登城尼子十旗の季節。熊に出くわすことはあるかもしれませんが、そんな時の人身御供役、仰せ仕りまする。料金その他、御相談に応じます。(概ね時給千円で承っております。交通費別途)
 尼子十旗以外も受け付けておりますれば、お気軽にお問い合わせを。
 
 
尼子十旗
雲陽軍実記に「惣じて尼子旗下にて禄の第一は白鹿、第二は三沢、第三は三刀屋、第四は赤穴、第五は牛尾、第六は高瀬、第七は神西、第八は熊野、第九は真木、第十は大西、これを十旗という」